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【承認欲求が強い】自分との上手な付き合い方を徹底解説します!

 2018年3月1日

【承認欲求が強い】自分との上手な付き合い方を徹底解説します!

【承認欲求が強い】自分との上手な付き合い方を徹底解説します!

1.「誰か私を見て!」心が叫ぶ時
2.「承認欲求」って?
3.こんな思いをしていませんか?
4.客観的に感じる5段階の承認欲求
5.承認欲求と仲良くする方法
6.まとめ

「こんなに頑張っているのに、どうして認めてくれないの?」「一生懸命やっているのに、なんで褒めてくれないの?」

そんな風に辛くなっている人はたくさんいると思います。

そういう気持ちはどうして起きるのか、そういう気持ちとどう仲良くしていけばいいか、一緒に考えていきませんか?




1.「誰か私を見て!」心が叫ぶ時

「私、頑張ってるのに!」

ちょっとした例え話をさせていただきます。

Aさんは会社で庶務事務を行う担当者です。庶務係にはAさんの10年後輩である新人のBさんがいて、係長の元日々の雑務をこなしています。


Aさんの会社の庶務係は「他の係に属さない仕事全部」が仕事内容みたいなものなので、本当に色々な仕事が回ってきます。そこでは臨機応変な対応と、正確な仕事が求められます。定型的な仕事が少ない反面、突発的な判断が功を奏するようなところがあります。



努力家のAさんはいつも頑張って仕事をしていました。おかげで「気配りのAさん」と呼んでくれる人もいます。
ところが後輩のBさんは、誰かに何かを頼まれると「私、分かりません」と困ったように答えます。周りの職員達は「しょうがないなあ、新人は」と、その仕事をAさんのところに持ってくるのです。



Aさんは有能で簡単にこなしてしまうのですが、社員のみんなは「Aさんが仕事ができるのは当たり前、だってBさんより10年も長く仕事をしているのだし」という態度をとります。


それが普通だったAさんですが、心にモヤモヤしたものを抱えていました。


「私は努力して仕事ができるようになったのに、それって『当たり前』なの?」



一方、Bさんにも思いがありました。まだ新人で分からないことがたくさんあるから正直に「分かりません」と返答するのですが、そうするとみんな先輩であるAさんのところに仕事を回してしまうのです。


本当は教えてもらいたい、新人としてちゃんと教育してもらいたい、育成対象として可愛がってもらいたいのです。
それなのに、たった一人頼れるはずのAさんは全部自分で仕事をしてしまい、全然教えてくれません。



ある日、Bさんがとうとう係長に向かって泣き出しました。


「Aさんは私に仕事を教えてくれないんです。来たばかりの新人の私には勝手な判断はできません。もっと仕事ができるように、仕事を教えて欲しいんです!私のほうを見てほしいんです!」


係長は困ってAさんを見ました。すると、Aさんも目に涙を浮かべ始めたのです。


「ここの仕事は『これをこうしておけばいい』なんてマニュアルはありません。私に任せると何でもできるみたいに言ってくれる人はいますが、10年間必死で頑張ってきた結果なのです。それなのに、Bさんは『できません』で許されて、私は出来て当たり前、間違えると怒られます。酷くないですか?私が頑張っていることを認めてください!」




2.「承認欲求」って?

認めて欲しくて辛くなってしまう心とは?

この話しの内容を考えて胸が苦しくなってしまった人もいるのではないでしょうか?


お仕事の話をしましたが、こういう気持ちはお仕事の時だけ起こるわけではありません。


電車で目の前に立っているおじいさんに席を譲った時に「有難う、優しい人だね」と言ってもらえたら嬉しいですし「わしはまだそんなにジジイではない!」と怒鳴り返されたらガッカリします(腹がたつかもしれませんが)。

おじいさんから褒められたいから席を譲ったわけではないとしても、譲ったことに対して良い反応があれば嬉しくなります。


また、多くの人はSNSを利用しているかと思います。Twitterならリツイート、Facebookなら「イイね!」誰かから反応をもらえたということがわかって嬉しくなりますよね。一方で、誰からも反応がもらえないとガッカリする人が多いと思います。



「自分のことを誰かに認めてほしい」…その気持ちは、それが原動力になって頑張れる良い感情であると同時に、強くなればなるほど、認めてもらえなかった時には淋しさやガッカリや怒りが増えていきます。



そうなんです、この気持ちは、けっして「悪い気持ち」ではないのです。身勝手な感情でも、ワガママな思いでもないのです!


「自分の行動の結果、認めてもらう」ということが、上手くいっていれば元気に頑張れて気分が良くなり、上手くいかなければ辛くなる…それは「諸刃の剣」なのです。

▼【「承認欲求」は基本的な欲求のひとつ

その気持ちのことを、心理学用語で「承認欲求」といいます。


「欲求」とつくからには、「食欲」や「睡眠欲」のように、誰でも持っている気持ちなんです。どんな人でも持っているんですよ。



鋭い牙や爪を持つわけでもなく、あまり強い存在でなかった人間の祖先は、単独で生きていくよりもみんなと協力したほうが、生き残る可能性が上がることを知っていました。


集団を作って生活をして、比較的力の強い男性達は武器を作ってみんなで獲物を狩りに出て行き、人との関わりが上手で、しかも子供に乳を与えることができる存在である女性はあまり遠くまで行かないで木の実などを採りながら子育てをしていた、と言われています。


自分の子供以外は死んでしまってもいいという動物もいますが、人間は子供は集団みんなで育てていたようです。


男性は捕ってきた獲物をみんなで分け合い、女性も採った木の実などをみんなでわけて、みんなで協力して生きていました。


子供はどうかというと「可愛い」ということが大事だったという説があります。子供は他の動物でも、丸顔で、目が大きくて、守ってあげたくなる姿をしていることが多いです。やがて大人になって集団の役に立つようになるまでは、子供は「可愛いのが仕事」だったと考えられます。見た目が可愛いだけでなく、性格だって可愛くないと育ててもらえないでしょう。


つまり、男性も女性も子供も、みんなと仲良くしなくてはならなかったのです。仲間外れにされたら最後、より強い肉食動物に食べられるか、病気や飢えなどで死んでしまうしかないのですから。



その中で、男性なら「より多くの獲物を捕ってきた人や、獲物にトドメを刺すのが上手な人」が尊敬されました。また、女性なら「子育てが上手だったり、食べ物がある場所をよく知っていたり、みんなの相談にのれたりする人」が尊敬されたはずです。


尊敬されている人は、集団のために大事なので、追い出されることはありません。



だからみんな「自分は大事な存在なんだよ、だからみんな認めてよ、褒めてよ、大事にしてよ!」と思うのです。
とても当たり前のことなのです。




▼【「他者承認」と「自己承認」

冒頭のAさんとBさんのことを思い出してください。


Aさんは「私はこれだけ頑張って、いい仕事をしていて、みんなに仕事を任されている。だから私を褒めて欲しい、認めて欲しい!」と言いました。


Bさんは「私を新人として可愛がって、ちゃんと仕事ができるように教えて欲しい。無視しないでほしい!大事にしてほしい!」と言いました。


AさんもBさんも、立場は違えど、他の社員の人達に「こっちを見て!」と言っていたのです。



誰かに認めてもらうことを「他者承認」といい、誰かに認めてもらいたいと思う欲求のことを「他者承認欲求」といいます。これは、認める対象で分ける心理学用語です。



AさんとBさんが求めたものは、典型的な「他者承認」です。


Aさんが「仕事ができる私を認めて」と言うのは他者に承認を求めているという点で分かりやすいのですが、Bさんもまたみんなに自分の存在を認めてもらおうとしているのです。



どのように認められたいか、という別の切り口の用語に「上位承認欲求」「対等承認欲求」「下位承認欲求」という分け方があります。何やら少し専門用語っぽくなってきましたが、それほど難しい話ではありません。


Aさんの「他人よりもよくできる私を認めてほしい」が「上位承認欲求」です。Aさんは本当に仕事ができるのですが、「頑張って仕事ができるようになった私を褒めてほしい」と思っているので、そのように扱ってもらえないとがっくりきてしまいます。


一方、まだ新人で何もできない自分を可愛がって育ててほしいと思う、周りに依存したり、保護してほしいなと思ったりすることを「下位承認欲求」といいます。自分は他の人よりも劣っていると思っているので、他の人に「守ってあげたいな」と承認してもらおうとしているのです。


もう一つの「対等承認欲求」というのは「みんなと同じに扱ってほしい」「人並みに認められたい」と思うような欲求の在り方のことです。下位承認欲求も対等承認欲求も、やもすると「人よりも劣っているのではないか」という恐れを抱えているので、欲求が通らないと不安でなりません。



さて、ここから本題に戻ります。


二人の事例が「他者承認欲求」であったのに対し、「自己承認欲求」という概念もあります。


これは、自分のことを自分で認めてあげたいという気持ちです。
正直、この欲求が満たされているかどうかということは、他人が「よくやったね」と言ってくれるよりも、よほど分かりにくいです。



「(今回)初めて自分を自分を褒めたいと思います」とは1996年にアトランタ五輪の女子マラソンで銅メダルを取った有森裕子の言葉です。


このとき、彼女は金メダルを期待されていました。2位以下は「負けと同じ」のような空気の中、3位しか取れなかったのです。他者承認欲求は完全に満たされないままだったと思います。


しかし、彼女は自分のことを褒めたいと言いました。
「(3位しか取れなかったけれど)終わってからなんでもっと頑張れなかったのかと思うレースはしたくなかったし、今回はそう思ってなかった」と、自分が頑張ったことに自信を持って「私を褒める」ことをしたのです。これが自己承認欲求の典型だと思います。



「世界で闘うアスリートとこんな小さな私とでは話が違う!」と思ってはもったいないです。
先ほどの二人がもしもこのように考えたらどうだったでしょう?


Aさん…「10年頑張ってきたからこその気配りと知識が私にはある。私、よくやってきた!」


Bさん…「私はまだ新人で、右も左もわからない。でも、ここに配属になったということは、Aさんをお手本に勉強ができるということ。だいたい、入ったばかりなのに、他の社員さんからお仕事を頼まれるなんて、私頑張れているじゃないの!」


下手をするとナルシシズムと背中合わせな気もしますが、他の人に認めてもらえないと辛くなる人よりも、自分の中から自分を認める気持ちが湧き上がってくる人のほうが楽そうではありますよね。




3.こんな思いをしていませんか?

会社の周りを見渡して見ると?

自分で自分を褒められると楽になれますよ、と書きましたが、そんなことができる人なんて世の中一握りもいるかどうかわかりません。



出世街道でデッドヒートを繰り返している「長」が付くようなお仕事をしている皆さんは、もちろん出世するとたくさんお金がもらえるようになって嬉しいのもありますが、それもまた「仕事っぷりが認められて出世したからお金が多くもらえるようになった」という他者承認欲求が認められた結果ですし、そもそも「同期のあの人よりも早く出世した」「あの人よりも良い実績を上げたことが認められた」などというのは典型的なそれだと思いませんか。



お仕事が出来て出世しているエライ人達だって、デキた人ばかりではありません。普通の欲求を持った普通の人達です。エライといえば、日本の政治家だって、アメリカの大統領だって、みんな「普通の人達」です!



また、窓際で寂しそうに資料を読みながら一日が終わっていく人がもしあなたの近くにいたとしたら、その人がどれだけ辛い思いをしているのか分かるようなものです。

どんなにその人が「だってあの人、仕事できないし、コミュニケーション能力何にもなくて周りから敬遠されてるし、周りに迷惑をかけて怒られてもどこ吹く風って感じで鈍感だし…」なんていう人だったとしても、食欲や睡眠欲と同じレベルの欲求「承認欲求」が満たされていないその辛さはどれほどのものなのでしょう…。

▼【「承認欲求」が満たされないという切実さ

エライ人達や会社の人の話ばかりではなくて、私たちはどうなのでしょうか。



例えば、10年付き合ってきて、結婚を考えていた彼氏が「好きな人ができた。君とは長い間付き合ってきて、きょうだいみたいには思えるし愛着もあるけど、もう恋愛感情がわかないんだ」と言い出して、振られてしまったとします。


とても悲しい話ですよね。



彼女の中にはこんな思いが渦巻きます。


「もう恋愛感情がわかないなんて、私のすべてを否定しているじゃない。確かに出会ってから10年も経ってしまってあの頃よりも若くないし、デートもいつものことになっていたからお化粧だってちょっといい加減になっていたと思うし、実のところ5キロ太っちゃったし…」



「でも、優しい気持ちは忘れないようにしていたと思っていたし、結婚後のことを考えてお料理の腕も上げたのよ。彼が辛そうなときには笑顔で励ましていたし…それを全部『きょうだいみたいには思える』って…きょうだいみたいって…」


涙がこみ上げてきます。彼女は彼からの承認をもらうどころか、やってきたことのいろいろを否定されてしまったのです。


これは誰でも辛いですよね。彼女はそれからしばらくご飯ものどを通らなくなり、自分が世界でたった一人になってしまったような気持ちになりました。






■また別の女性は、実のお母さんが苦手です。


お母さんは、昔から2歳年上の彼女のお姉さんのことを可愛がっていました。お姉さんは確かに自分よりも美人だし、性格も優しくて素敵な女性でした。



彼女自身、お姉さんの素敵なところがわかっていて、素敵なお姉さんと平凡な自分では可愛がられ方が違って当然だと思っていました。そりゃそうだろうな、と。
でも、彼女だって可愛がられたいし、認められていのです。彼女はとってもとっても一生懸命勉強をして、誰もがビックリするような有名な大学に入り、首席で卒業し、さらに大学院でも優秀な成績を上げました。
「これで自慢の娘になれるだろう」と彼女は思いました。



でも、お母さんはやはりお姉さんのことを可愛がります。彼女のことは「今時大学院なんかに行くと就職が厳しいらしいわね。あなたには学費をたくさんかけたんだし、ウチにはニートを養ってあげるお金はないのだから、就職頑張ってね。」と言うばかりです。



せっかく頑張ったのに、お母さんからは「よく頑張ったね」の一言ももらえなかったのです。
やがて彼女は、実家に近寄らなくなっていきました。



■もっと日常的なお話もちょっと。


専業主婦の妻は、働いて頑張ってきてくれる夫のために、せめておいしいご飯を作って待っていようと思って毎日腕を振るっていました。



でも、帰ってきた夫は「いただきます」と「ごちそうさま」以外、何もご飯について言ってくれません。


「わあ、今日はトンカツか!大好物だ!」とか「君が作る煮物に慣れちゃうと、よそのが食べられないよ」とか、そんなことを言ってもらえたら、また明日から頑張れると思うのですが、今日もテレビを見ながら黙々とご飯を食べ「ごちそうさま」…。

▼【どんな人だって承認欲求を無視されたくない!

読んでくださっている方の中には「わあ、これは可哀想にな」って思う人、たくさんいらっしゃるのではないでしょうか。認めてもらいたくてしかたがないのに、認めてもらいたい人や社会から認めてもらえない…こんなに寂しいことはないと思います。



先ほどの窓際社員さんだって、もっと昔は頑張っていたのかもしれません。でも能力は千差万別で、みんなが生存競争に勝つなんて有り得ません。生存競争だけが能力でもありませんし、その人にはほかにいいところがたくさんあるかもしれません。でも、残念ながら、会社ではダメな人扱いをされて、お仕事がもらえないのです…なんか理不尽な気すらします。



それどころか、頑張って頑張って認めてもらいたくて必死だった他の例の人達なんて、崖から突き落とされたみたいな気持ちになっているかもしれません。



本人に何も悪いところがないのに、承認欲求を踏みにじられてしまうことすらあります。



例えば、小学校の「いじめ」。

人の能力や体の特徴は千差万別で、それぞれに個性があります。背の高い子もいるし、低い子もいる。数学が得意な子もいれば、体育が得意な子もいる。「得意教科は?」と聞かれると「給食!」と答える元気な子もいれば、アレルギーがあって食べられないものがたくさんある子もいます。


どの子も、悪くありません。例えテストで毎回0点を取ったとしても、その子がいじめられる理由にはなりません。



でも、多くの学校で、誰かがいじめの標的になっています。その理由は「あいつは背が高いから」「背が低いから」「太っているから」「給食を食べるのが遅いから」…実は理由なんてなんでもいいのです。いじめるのが楽しかったり、誰かを標的にしていないと今度は自分がいじめられたり…それどころか、いじめをやっているという認識すらなくて「悪ふざけ」だと本気で思っている子達が多いようです。



いじめられている子はどう感じているでしょう。学校に行くだけで「気持ち悪い」と避けられ、「成績が悪い(成績が良すぎる)」だとか「デカい(小さい)」とか常に罵られ、遊びのグループには入れてもらえず…。



何も悪いことをしているわけではないのに、承認欲求が踏みにじられている子はとても多いことでしょう。この子達は、他者承認欲求だけでなく「自分はみんなからいじめられるダメな子なんだ…」と、自己承認欲求まで持てなくなってしまうのです。




4.客観的に感じる5段階の承認欲求

客観的に感じる5段階の承認欲求を見てみましょう。

承認欲求は満たされないと本当に辛くて悲しい欲求です。みんな、多かれ少なかれ抱えていて、時々それが頭をもたげてきては寂しい思いをしたりしています。



でも、そういう人を、周りはどう思っているでしょうか?
承認欲求の強さによって5段階に分けてみてみましょう。

▼【①周りには見せていないけど承認欲求を抱えている

自分の同期が自分よりも先に昇進した…「おめでとう!」と口では言うけれど、心中穏やかじゃない、なんてことはあることだし、大人だからそういう時にむやみに顔や口に出したりしませんよね。


でも、事情を知る人ならばきっとその人の気持ちは察してくれることでしょう。向こうも大人だからむやみに顔や口に出したりしませんが。


みんなどこかでそんな思いをするので、黙っていられたら周りもそのように扱ってくれるでしょう。

▼【②本当は承認されたい!でも次また頑張ろうと表情に出ている

周りの友達や気心してた人、可愛がってくれている人などは「あーあ、あの人頑張ってたのにな、次は良いことあればいいな」とちゃんと認めてくれるでしょう。
ちゃんと努力をしている人を、周りは思ったよりもちゃんと見ています。

▼【③私が認められないのは何故?と悔しがっている

努力を重ねたうえで悔しがるのは、自然な流れなので、周りの人も「まあ、飲みにでも行こうか」くらいは慰めたくなるんじゃないかと思います。
でも、ただ単に「何はともあれ私が認められないなんておかしい」「私が一番じゃないと許せない」という人は、ちょっと悔しさを見せただけでも周りには分かってしまいます。


なぜなら、そういう人はいつもそういう態度を取っているからです。

▼【④意地でも認めさせようとする

泣き出したり、怒ったりして相手をねじ伏せようとしてしまう…このレベルになると、どんなに今まで頑張ってきたとしても「ただの迷惑な人」になってしまいます。


深呼吸して、ここで人に迷惑をかけたら今までの努力が水の泡!とグッと我慢するべきシーンです。


他者承認を求めるとしたら、承認をするのは自分ではなく他人。自分は自分で変えることができるけれども、他人の考えと行動は自分には変えられません。



多分、どんなに維持になっても相手は認めてなんてくれません。
「北風と太陽」のお話を思い出して、泣くならば陰でこっそり泣きましょう。

▼【⑤寝込んでしまう、何もやりたくなくなってしまう

ショックを受けると誰でも落ち込んで食欲が無くなったり、言葉数が減ったりします。仲のいい友達ならばお見舞いに来てくれるかもしれませんが、会社を休むのは仕事の迷惑にならない程度にとどめておきましょうね。これも「仕事に穴をあける、ただの迷惑な人」になってしまい、承認されるどころか評価が下がってしまいます。



でも、もしも仕事にも出られないほどの落ち込みが2週間以上続いたら、心の病気になっている可能性もあります!その時はお医者さんに相談する必要が出てくるかもしれないので、信頼のおける人に相談してみましょう。




5.承認欲求と仲良くする方法

承認欲求が強くなりがちなタイプ別。欲求と仲良くする方法は?

承認欲求は食欲や睡眠欲と同じ、基本的な欲求で、社会を持って生きている動物はにはみんな備わっています。



けれど、人間は、他の動物よりも承認欲求のことで辛くなることが多い気がしませんか?


人間は強い牙や爪、早く走る脚力や寒いところで身を守る毛皮など、他の動物ならば命にかかわる物を捨てる代わりに、頭を使って考え、周りと協力して、みんなで危険と闘う道を選んだ動物です。


だから他の動物よりもいろんなことが考えられる一方で、悩みすぎて辛くなってしまうことも多いのです。



でも、そんな承認要求をそもそも持っている人間の中にも、誰かに認められなくてもどこ吹く風でやっていける人と、強い要求を持て余している人がいます。


人間にはそれぞれ個性があり、欲求の持ち方も人それぞれですが、ここでは承認欲求が強くなりがちな人について、どんな人なのか、そしてどうしたら楽になれるのか考えてみましょう。

▼【欲求が満たされない場所しか持っていない人

そんな方はいませんか?会社と家の往復しかしていない人や、毎日テレビと夫や子供の顔しか見ないで暮らしている人…そこで欲求が満たされないと、もうどこにも欲求を満たしてくれる場所がありません。


ご飯を1日食べてない人が「なんでもいいから食べたい!」と思うのと、承認欲求を強く持つことは、要求を満たしたい気持ちが強まるという意味では同じことです。



会社で頑張って作った資料なのにいつのまにか上司が作ったことになっちゃってたり、ランチ仲間に置いて行かれてしまったり、お土産のお菓子が自分の席にだけ忘れられちゃっていたり…専業主婦の人だと、一日中誰ともしゃべらなかった、というのも十分承認欲求が傷つけられますよね。



普段忙しくて遊んでる暇なんかないのよ!と思う人もいると思いますが、会社と家の間にもう一つ行き先を用意しておくと、ちょっと違う結果が出ますよ。



例えば、ちょっと夜遅くまでやっているカフェでいつものメンバーとコーヒーを飲みながらおしゃべりをする、なんてことをすると、会社で認められなくても、いつものメンバーが受け入れてくれて、会社の嫌なことを忘れられるかもしれません。



カルチャーセンターに通ってみるなんていうのもいいですね。普段はOL、夜はフラガールとして舞台の上で堂々と踊っている、というような話です。
そこは、自分で自分を「素敵」と認められる、自己承認欲求が満たせる場です。

▼【みんなに優しくされるのが当たり前になってしまっている人

「お姫様」扱いをされてしまっているという感じです。自分のせいだけでなく、周りから単にそういう扱いを受けてしまっているだけかもしれませんので、そういう人は悪いわけではけっしてありません。


でも、いつの間にか優しくされることが当たり前になってしまって、優しくされないと承認欲求がひしゃげてしまうようになってしまうことがあるかもしれません。



そういう時は「別の誰かの承認欲求」を満たしてあげましょう。
「あなたは優しい人ですね」「○○なところが尊敬できるんです」…言われてうれしいのは自分だけではありません。



そうすると、承認欲求が満たし合う、優しくて気持ちのいい関係が生まれるのではないでしょうか。そこにいる全員が自己承認欲求も他者承認欲求も満たされるんですから!




▼【劣等感の強い人

いつも「自分はダメだから周りから捨てられてしまうのではないか」「周りに認めてもらわないと役立たずだと思われてしまうのではないか」と、心のどこかで思っている人です。


こういう人は、実は完璧主義で、お仕事をやらせるととてもよくできることが多いのですが、強迫観念でやってしまっていることも多くて、疲れています。



それでも「頑張らないと、頑張らないと」と自分を奮い立たせている人は、自己評価がとても低いので、自己承認欲求は抑えてしまっていて、他者承認欲求だけを求めている感じです。



そういう時は、信頼できる同僚や自分の仕事ぶりを見ている友達に素直に聞いてみるといいと思います。
そもそも信頼できる同僚がいるということは「その場で承認欲求が満たされ得る」状態にあると思います。仕事もできない、傍若無人な嫌な人とはお友達になりたくないのが人情ですから。



そして、仕事ぶりを見ていてくれている人から正直に「あなたの○○は誰も真似ができない」「でもあなたの××はやりすぎだから控えたほうがいい」なんて冷静分析してもらえれば、漠然とした劣等感から解放されると思います。



自分のできているところ、できていないところ、そういうものを客観視したところに、自己承認欲求が生まれてきます。また、同僚からできているところを指摘してもらうことで他者承認欲求も実は満たされているんだということに気づくことでしょう。

▼【優越感が強い人

逆に「私の実力はこんなではない、私はもっとできるはずだ」という、ことを考えている人もいます。冒頭のAさんなどはこのタイプではないでしょうか。



ところがこれは、前項の「劣等感が強い人」と表裏一体です。やはり頑張らないと今の立場が保てないのです。仕事ができる人・美人・モデル体型・お金持ち…なんでもそうですが、そこに胡坐をかいてしまうといずれ劣化して、周りから軽んじられるようになります。



だからとっても頑張って、他者承認欲求を得ようとするのです。


こういう人は「他人から『素敵ね』と言ってもらえるもの以外のことをする」と良いかもしれません。見せる相手なんか誰もいないお絵描き、一人でひっそり書いている小説なんかは、自分のパソコンの中やノートの中だけで完結するので、誰に見せなくても「うん、よく書けた!」と悦に入ることができるかもしれません。



また、自分だけが知っているおいしいラーメン屋さんや、良い景色が見える丘の上など、街の中の「良いところ」を探して浸るのも楽しいと思います。
自分が嬉しいものを探すことで、自己承認欲求を満たせはしないでしょうか。




▼【相手のことを考える余裕が無い人

この人達は、仕事が忙しすぎたり、家庭に問題があったり、その他いろいろなことでストレスを抱えてしまっていて、他者承認欲求に頼りでもしないと倒れてしまうような人たちです。



一歩間違うと病気になってしまうので、少しでも自分を緩めてあげないと、やがて周りからも「あの人余裕無いよね」「ちょっと近寄りがたいよね」と言われてしまうかもしれません。
なにより自分の体を壊してしまいます。



そんなときは、息を吸ってゆーっくり吐く呼吸法を続けてみたり、お寺が近くにあれば座禅や写経に行ったり、一心不乱に塗り絵を塗ったり、ストレスと関係ないもので脳みその中を真っ白にしてあげる時間が取ってみましょう。


他にも、体を動かす元気がある人なら、ジョギングをしてみるなどというのもおススメです。



「そうは言っても毎日襲ってくるストレスを簡単には解消できない!」というのが本音のところだと思いますが、あまりに他者承認欲求に頼りすぎてしまうと、つっかえ棒が無くなった時に辛い思いをしてしまうので、自分の心に余裕を作って今まで頑張ってきた自分を褒めることで自己承認欲求を満たしてあげたいところです。

6.まとめ

【承認欲求が強い】自分との上手な付き合い方について。

承認欲求は誰もが持っている「基本的な欲求」です。
それがあること自体で苦しむことはありません。隣のあの人も、一番奥の席でふんぞり返っている社長も、みんなみんな持っています。



ただ、それを求めすぎて苦しくなってしまったときには、自分がなんて苦しくなっているのか、どうやったら楽になるのか、思い出してください。



ここに書いてあることはちょっとしたアイディアです。あなたにはあなたのやり方があるかもしれません。鏡を見て「私はどうしたいの?」と問いかけてみてくださいね。